Fandom

IMDb Wiki

ゴジラ対ヘドラ

928このwikiの
ページ数
新しいページをつくる
トーク0 シェアする
ゴジラ対ヘドラ
Godzilla vs. the Smog Monster
監督 坂野義光
脚本 馬淵薫
坂野義光
製作 田中友幸
製作総指揮 清水雅
出演者 山内明
川瀬裕之
木村俊恵
麻里圭子
柴俊夫
吉田義夫
音楽 眞鍋理一郎
主題歌 『かえせ!太陽を』
麻里圭子with
ハニー・ナイツ&ムーンドロップス
編集 黒岩義民
配給 東宝
公開 日本の旗1971年7月24日
上映時間 85分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
興行収入 3億円(当時)
前作 ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃
次作 地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン
  

ゴジラ対ヘドラ』(ゴジラたいヘドラ)はテンプレート:和暦7月24日に「東宝チャンピオンまつり」の一篇として公開された東宝製作の日本映画で、「ゴジラシリーズ」の第11作である。観客動員数は174万人。東宝スコープ、85分、カラー作品。

テンプレート:ネタバレ

概要 編集

時代背景として、大きな社会問題であった公害問題を前面に打ち出し、特に当時話題だった「四日市コンビナートの工場煤煙」、「田子の浦港ヘドロ公害」を題材に採った作品。その田子の浦港の汚染された海から生まれた怪生物ヘドラと、ゴジラが対戦する。サイケデリック文化や若者のモラトリアムなど同時代の様々な背景も色濃く盛り込まれ、間々に公害をテーマとしたアニメが挿入されるなど異色作となっている。

この年春と前年夏、冬の「東宝チャンピオンまつり」興行では、旧作ゴジラ映画の短縮再編集版がメインにおかれた。夏興行用に制作された本作は、『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』以来、2年ぶりの新作ゴジラ映画となった。公開時のキャッチコピーは、「流れ星でやって来た公害怪獣ヘドラ! 街を森をふみつぶし 二大怪獣が大決戦!」

企画の発端 編集

娯楽の多様化とテレビの台頭による「邦画の斜陽」は、この時期の東宝本社に深刻な制作本数の減少と売り上げの悪化をもたらし、「何をやっても当たらない」という状況となっていた。また、東宝特撮映画の顔であった円谷英二特技監督が、前年初頭に死去。主要スタッフのほとんどが東宝を辞職するか、リストラされ、残ったスタッフも異動されるなどして、当時の東宝特撮の現場はほぼ崩壊状態にあった。東宝本社は組織を解体細分化、「映像事業部」などを発足させ、東宝の看板であった特撮映像技術の生き残りを模索していた。

このなか、田中友幸プロデューサーは「もう一度ゴジラを考えよう」と、日本万国博覧会(1970年)の「三菱未来館」の企画や、『日本海大海戦』(丸山誠治監督、1969年)での実景撮影などで円谷組の補佐を務めた坂野義光監督に企画を依頼。坂野監督は「何でもいい」と言われたので、前年に起きた光化学スモッグ事件(校庭にいた女子高生が集団で倒れた)をきっかけに本作の企画を考え、「『いま最もポピュラーな悪は公害だから、公害の怪獣でもいいですか』と田中プロデューサーに聞いたら『いいよ』との答えだったので、ここから企画が始まった」と述べている。

低予算下での制作 編集

こうして東宝本社のリストラ断行後、残った陣営による新体制で臨んだ本作だったが、上記したような本社の不振を受け、制作予算はこれまでになく低いものとなった。川北紘一はこの作品について「この予算でどうやって撮れというんだ?と思った」と述懐しており、この「末期的な状態」(川北紘一談)という制作予算を考慮して、本作ではスタッフを本編班と特撮班に分けず、一班体制で制作を行うこととなった。

よって本作での特撮班スタッフは本編班に対する準備班的扱いとなり、中野昭慶監督と美術スタッフのみがこれに当たる小規模編成が採られた。撮影キャメラマンには、円谷組特撮班を務め、本編撮影はこれが本人初となる真野田陽一が起用された。撮影スケジュールは本編撮影が先行され、この作品を前に新設された「映像企画室」への異動となった川北紘一は、本作では本編付き助監督となり、本編ロケが終わると特撮班を手伝うという状況だった。

坂野監督は中野昭慶特技監督と、「これまでのシリーズにない映像を採り入れよう」と打ち合わせたとのことで、「マルチ画面やアニメーションによる抽象的な社会描写の多用」「坂野監督自身による水中撮影」など、全編がゴジラシリーズとしては異色の映像で彩られている。冒頭のヘドロの海が延々と写されるのも「公害」を訴える坂野監督の演出意図で、坂野は「あれだけ強調してやっとわかるんじゃないかと思う」と語っている。特撮大プールで本物の魚や各種素材を混ぜ込んで、この汚染された海面を表現したが、季節がら腐敗が速く、悪臭がものすごかったという。

こういった坂野監督の「画作りに拘りたい」との意図から、予算配分は映像面に集中され、俳優は極力少人数として出演料の少ない新人を中心起用し、本編セットは「矢野博士の研究室」と「ゴーゴー喫茶」の二つだけ組み、あとはすべてロケ撮影とした。またOHPスクリーンも合成画面に代えて使用され、本編セットの素材にも、前年に東宝が担当した万博の「三菱未来館」の特撮に使用した小道具が流用されるなど、徹底した省予算の方針が採られた。

制作期間は5週間しかなかった。ラストの決戦シーンは坂野監督と中野監督が同じ特撮第11ステージのセットの中で互いに、一日に30カット程の撮影をこなすという驚異的なペースで進行したという。また、自らがスキューバ・ダイビングの免許所持者であり、東宝内で水中撮影班を率いていた坂野監督は、矢野博士の潜水シーンの吹き替えも自ら行っている。

制作中断と再開 編集

本作では飛行形態となって逃げるヘドラを追って、「ゴジラが口からの熱線を放射する反動で後ろ向きに空を飛ぶ[1]」というシーンが描かれ、話題となったが、この描写のために、撮影スケジュールに支障をきたすこととなっている。この「ゴジラが空を飛ぶ」というアイディアは、「テレビ時代のスピード感を」と、坂野監督と中野監督が提案し採り入れたものだが、これに対し、田中友幸プロデューサーが猛反発。このシーンでの田中プロデューサーと坂野監督との論争を含め、低予算での制作体制が現場に様々な軋轢を生むなか[2]、撮影中途で制作予算が尽きてしまった。このため、東宝本社は本作の製作を打ち切ることを決め、撮影を中止するよう現場に伝えた。

そこでスタッフは、前作まで本編演出の要として「ゴジラシリーズ」を支えてきた本多猪四郎監督を招き、中途までのフィルムを観てもらい、監修してもらう形でなんとか本社から制作再開をとりつけた。こういう役割を本多監督に依頼しなければ、到底再開は無理な状況だったという。

このなか、田中プロデューサーが体調不良で入院。坂野監督はこれを幸いと、その間に東宝の重役、宣伝部長、撮影所所長らから「ゴジラの飛行」の許可をとりつけ、劇中に盛り込んだ。中野特撮監督によると、この「ゴジラの飛行」は内外でも賛否両論だったが、アメリカでは大絶賛されたといい[3]、宣伝部長や撮影所所長らも「スピード感が出ていいんじゃないか」と褒めてくれたという。このシーンは坂野監督によると、「カットしても前後がつながるよう撮った」とのことであるが、田中プロデューサーが退院した時点ではもう変更不可能な段階だったとのことで、試写でこれを観た田中は「ゴジラの性格を変えてもらっては困る」と立腹し、しばらく坂野と口をきかなかったそうである。坂野は本作の続編企画を立てていたが、実現しなかった。後年、坂野は田中友幸が「あいつには二度と特撮映画を監督させない!」と激怒していたことを人づてに聞いたと語っている[4]

しかし、こうした困難の中完成した当作は、夏休み興行の中、空前の「変身・怪獣ブーム」を受けてまずまずのヒットを記録、東宝は「ゴジラが他怪獣とチャンピオンの座を競い合う」というコンセプトのもと、ゴジラ映画を中心とした「東宝チャンピオンまつり」興行を本格化。翌年にはさらにヒーロー化したゴジラに、キャラクタライズされた新怪獣「ガイガン」を加え、『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』を制作することとなる。

『ゴジラ対ヘドラ』と坂野演出 編集

製作当時、ゴジラ作品は年少者向けの映画へとシフトチェンジしつつあったが[5] 、本作には人の皮膚が焼けただれたり、白骨化する描写など残虐な演出も多く、劇中で主人公青年が死ぬなど、ストーリーや音楽も全体的に暗く重い[6]。ゴジラをヒーローとし空を飛ばせるなど、観客である子供へのサービスも忘れてはいないが、ラストシーンではゴジラに(身勝手な人類に対する)怒りの表情を持たせるなど、単なる勧善懲悪に終わらせていない。

本作を演出した坂野監督の中で、当時の公害は大きな存在だったという。「大阪万博」の打ち合わせの行き帰りに通る四日市や田子の浦の環境汚染は、坂野に強い印象を残した。「第一作目の『ゴジラ』(本多猪四郎監督、1954年)にあったメッセージ性を取り戻したい」との気持ちも強く、「エビのお化けやなんかと闘うとかじゃなく、最もポピュラーな社会悪と闘うという形にしたい」という考えがあったという。1971年当時、大都市圏では光化学スモッグによって児童生徒が集団で倒れる事件も相次ぎ、劇中で描かれるヘドラの猛威は、現実と重なるリアルさをもって描かれていた。劇伴音楽もこの公害の猛威を強調する意図で作られたが、作曲担当の眞鍋理一郎はおとなしい人柄で、坂野監督は「曲調をもっと強く」とかなり煽って作曲してもらったという。

坂野監督は、馬淵薫と共同作業で脚本を執筆しているが、物語の基本的な構想は、すべて坂野監督の意向が反映されたものとなっており、「ヘドロの中から成長していく」というヘドラの設定については、「ゴジラが放射能から出てきたのと同じ発想があった」と語っている。また、坂野監督は本作の主題歌『かえせ!太陽を』の作詞も手掛けているが、この歌の「鳥も魚も黙っちまった」などの詩文は、当時アメリカの反公害運動のテキストだった『沈黙の春』(レイチェル・カーソン著)からイメージをとったものだった。

ストーリー 編集

海洋汚染が進む駿河湾の河口でオタマジャクシに似た奇妙な生物が見つかる。漁師の吾平からそのことを知った海洋生物学者の矢野は息子の研と共に調査へ出かけるが、矢野は海底で謎の生物に襲われて重傷を負い、研も海岸で巨大なオタマジャクシの生物を目撃する。それ以来、海では原因不明のタンカー事故が相次いで発生するのだった。

ゴジラが大好きな研は、ヘドロだらけの海を見たらゴジラも怒るだろうな、と考える。そんな汚れた海から産まれた怪獣ということで、謎の生物は「ヘドラ」と命名された。そしてある夜、工場の排煙を求めてヘドラが上陸してくる。ゴーゴー喫茶で踊っていた行夫とミキはヘドラに遭遇するが、そこへゴジラが出現。二頭は激しい戦闘を繰り広げるが決着は付かずに終わる。翌日、街には硫酸ミストの被害が蔓延していた。矢野は散らばっていたヘドラの細胞から恐るべき生態を暴き、さらに二人の目撃談からヘドラの新たな能力を示唆する。

次々と変貌を遂げるヘドラ。人類に打つ手はあるのか、そしてゴジラとの戦いの行方は……?

登場キャラクター編集

怪獣王 ゴジラ 編集

詳細はゴジラ (架空の怪獣)を参照

演技者は中島春雄。『怪獣大戦争』と『怪獣総進撃』で作られたぬいぐるみを流用している。「大戦争ゴジラ」は、プール撮影や港に上陸するシーンなどで使われたが、富士山麓でヘドロ(有機ガラスなどを使った)まみれになるシーンで修復不可能なダメージを受け、以後の映画には登場していない。メインで使われた「総進撃ゴジラ」は、次作『ゴジラ対ガイガン』まで使いまわされている。

劇中、ゴジラが「ウルトラマン」のスペシウム光線の構えをするカットがある。「変身ブーム」を受け、ゴジラがピアノ線で吊られて「仮面ライダー」ばりにヘドラに「ゴジラキック」をする劇場スチールも撮られた。「空を飛ぶゴジラ」は『怪獣大戦争』時の2尺ミニチュア。口からの放射能噴射はフロンガスを使った。

公害怪獣ヘドラ 編集

詳細はヘドラを参照

「陸・海・空」三態のデザインはすべて井上泰幸による。この年をもって利光貞三八木寛寿八木康栄ら主要スタッフが退職し、代わって造形チーフを引き継いだ安丸信行が製作。演技者は中山剣吾ラテックス製の発泡ウレタン(フォームラバー)で作られている。

坂野監督は敵役ヘドラの造形に関し、自ら脚本にト書きを入れるほどのこだわり(ヘドラの目玉について脚本に「女性器のような」という記述を加えるなど)を見せ、飛行態などのデザインにも積極的に関わっている。撮影初日にはヘドラの体に毒々しい反射素材の色彩を加えようと思いつき、自ら塗装を始め、ついにはこの作業に一日を費やしてしまった。今作でヘドラを演じた中山剣吾[7]によると、このゴムと混ぜて重ね塗りした塗料の重みで、ヘドラのぬいぐるみは100kgを超える重量となり、非常に動きづらかったそうで、美術スタッフの高木明法は、「初代ゴジラ以来の重さだったんじゃないか」と語っている。実際に一度撮影中にこけてしまって起き上がれなくなったことがあった。

3尺大の「幼生態」、「飛行態」のミニチュアが作られた。「飛行態」の噴射する硫酸ミストは、フロンガスを使っている。

水槽内で泳ぐオタマジャクシ状の幼体ヘドラは、ドジョウにバルサ材とコンドームを被せてメイクを施したもので、水槽に電気を通して動きを撮った。陸上ヘドラの頭頂部にはひび割れがあるが、公開当時は「怒ると脳味噌がはみ出てくる」と説明されていた。「脳味噌が二つある」というデザインも、坂野監督のアイディアである。

劇場予告編では「公害怪獣」ではなく、「忍者怪獣」と表記されていた[8] 。脚本段階での名称は光化学スモッグのイメージから、「ピカゴン」と名付けられていた。

魚人間 編集

ゴーゴー喫茶で行夫の幻覚に現れる、頭だけ魚になった人間たち。美術スタッフによってカリカチュアライズされた意匠の魚のゴム製マスクが作られた。これを被ったものが画面に10数人登場する。

巨大電極板 編集

ヘドラを乾燥させるために建造された二基の電極板。高さ40m、幅60m、陰極と陽極の距離1km、電圧300万Vと設定されている。劇中ではゴジラとヘドラの戦いの最中に送電線を破壊され一時は沈黙、ヘドラが電極板の間に入ったところでゴジラの熱線により強引に作動、ヘドラに大ダメージを与えた。その後、ゴジラが逃走を図ったヘドラを取り押さえたまま修理が完了、すぐさま自衛隊が起動させるも今度は電子回路のヒューズが飛んでしまい再び沈黙、結局ゴジラが熱線で終始起動させ、ヘドラの肉片全ての組織を破壊させたことでヘドラを倒すのだった。また、ヘドラを電極板の間に入るように誘導する為にジープ3台でのヘッドライトの点滅と超音波発生器での超音波を使用している。ミニチュア製作は井上泰幸ら特美スタッフ。中野監督によると、トースターから着想したデザインだという。

スタッフ 編集

本編 編集

特殊技術 編集

特殊視覚効果 編集

主題歌 編集

本編のサウンドトラック版SPレコード。B面は同じスタッフによる『ヘドラをやっつけろ』。
歌詞が映画版と微妙に違っている。B面は同じスタッフによる『ヘドラをやっつけろ』。

キャスト 編集

※映画クレジット順

映像ソフト化編集

  • ビデオ
1980年に初発売。
  • レーザーディスク
1996年発売。
  • DVD
2004年4月28日発売。2008年3月28日発売のトールケース版「ゴジラ DVDコレクションIII」に収録されており、単品版も同時発売。2005年4月22日発売の「GODZILLA FINAL BOX」にも収録されている。

同時上映作品 編集

脚注 編集

  1. 「尾を前足で抱え、体を丸める」というポーズで飛行するが、体を支えるものが無いため、通常ならアンギラスボールのように地上を回転移動することになるはずである。
  2. 川北紘一は、正統派怪獣映画としては本流から外れるこの「公害テーマ」には違和感があったと述べている。
  3. てれびくんデラックス『ゴジラ超全集』(小学館)
  4. 坂野は以後、得意の水中撮影分野から、『すばらしい世界旅行』や『野生の王国』などのテレビドキュメンタリー撮影へと活躍の場を拡げている
  5. 前作『オール怪獣大進撃』は子供を主人公にした子供向け映画だった。
  6. ただし、擬人化されたゴジラのコミカルな動作やブラックジョーク風のギャグもおおく盛り込まれている。
  7. 「平成ゴジラシリーズ」でゴジラのスーツアクターを務めることになる
  8. DVDの特典映像で見ることができる

出典・参考文献 編集

  • 『東宝特撮映画全史』(東宝)
  • 『大ゴジラ図鑑1・2』(ホビージャパン)
  • 『大怪獣ゴジラ99の謎』(二見文庫)
  • 『特撮魂 東宝特撮奮戦記』(川北紘一著、洋泉社)
  • 『ゴジラ対ヘドラDVD』(東宝ビデオ)
  • 『ニッポン無責任野郎DVD』( 〃 )坂野監督のコメンタリー

関連項目 編集

テンプレート:ゴジラの映画 テンプレート:ゴジラ

執筆の途中です 「この記事は書きかけだ。是非とも、この記事に加筆してみてくれ!画面上部の「編集」をクリックすると、編集画面になるぞ。」
Smallwikipedialogo.png このページには、クリエイティブ・コモンズでライセンスされたウィキペディアの記事が使用され、それをもとに編集がなされています。使用された記事はゴジラ対ヘドラにあり、その著作権者のリストはページの履歴に記録されています。

広告ブロッカーが検出されました。


広告収入で運営されている無料サイトWikiaでは、このたび広告ブロッカーをご利用の方向けの変更が加わりました。

広告ブロッカーが改変されている場合、Wikiaにアクセスしていただくことができなくなっています。カスタム広告ブロッカーを解除してご利用ください。

Fandomでも見てみる

おまかせWiki